日本福音キリスト教会連合

流れのほとり ⑤ (By a Stream of Water)

 
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2022年4月から「上水めぐみキリスト教会」の牧師。 サイクリングやジョギングが趣味。

昔は9月15日が敬老の日でした。現在は毎年9月の第3月曜日になっています。呼び方も昔は「としよりの日」とか「老人の日」と呼ばれていたそうですが、今は「敬老の日」です。

 

<老人を敬う>

聖書は一貫して老人を尊ぶように教えています。

「あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、またあなたの神を恐れなければならない。わたしはである。」(レビ記19:32)

この教えが日本中に行き渡れば、電車やバスなどの公共の乗り物に優先席はいらなくなるかもしれません。

「その白髪は栄の冠。れは正義の道に見出される。」「老人の輝きはその白髪。」(箴言16:31、20:29)

この聖書の教えに従うならば、髪を染める人は少なくなり、多くの白髪の高齢者たちが颯爽と街を行き交うことでしょう。

更に、神様は約束されています。

「あなたがたが年をとっても、あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしは運ぶ。背負って救い出す。」(イザヤ46:4)

身体は弱くなっても、霊的には神様に背負られて生きるって安心です。

 

<老いへの備え>

同時に、聖書は高齢者になって、私たちの人生にわざわいがやって来る前に、年を取って私にはもう何の喜びもない、と言うようにならない前に、私たちがまだ若い時に創造者なる神を信じなさい、と教えています。

 

創造者なる神を信じてクリスチャンとして歩む人生は、神様がしてくださった数々の「良いこと」を感謝し、賛美する人生です。主によって喜びに満たされる人生です。このような人生は、神様の家の庭に植えられた椰子の木のようにすーっと伸び、レバノン杉のように大きく育つのにたとえられます。その上、

「私たちは神様の大きな庭で美しい花を咲かせ、年老いてもなお 実を実らせ、青々と生い茂る」(詩篇92:13-14)
ようになります。

「年老いてもなお実を実らせ、青々と生い茂っている」人生には魅力を覚えます。

ですからクリスチャンたちは、「としより」とか「老人」と呼ばれることに余り抵抗がありません。

 

<後期な高貴>

しかし、日本語は難しいですね。「としより」とか「老人」と言う言葉にはマイナスの印象があると感ずる人が多いようです。「高齢者」と言う言葉の方が受け入れられやすい。それでも私の友人は「後期高齢者」と言う言葉に抵抗があるようで、「高貴高齢者」だと、ダジャレています。

 

<ケーローの日>

このように同じ発音、または、似た発音の別の言葉に置き換えて言うダジャレは人間関係の潤滑油として役立ちます。

「けいろうの日(敬老の日)」は「帰(ケー)ろうの日」とダジャレることができます。

聖書は、神様から離れて行ったイスラエルの民に、繰り返し「わたしに立ち返れ」と呼びかけます。しかし、イスラエルの民は神にケーローとせず、自分中心に生き、また、人間が作りだした様々な神々を拝む宗教に従っていきました。神様は諦めません。繰り返し、預言者たちを送り、「みんな、本当の神にケーロー」と叫んだのです。ところが最終的にはケーローとせず、バビロン帝国に滅ぼされてしまいました。

 

<神の国の到来>

イスラエルは滅ぼされ、神の国になれませんでした。その代わりに、霊的な、私たちの心を支配し、治める「神の国」がやってきました。主イエス・キリストは「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」と宣教の第一声を挙げ、神の国の福音を宣べ伝えられました。神の国は主イエス・キリストの十字架の死とよみがえりによって実現しました。

「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。」(ヘブル3:7)
私たちも神の御声を聞いて、神にケーローではないですか。

 

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