日本福音キリスト教会連合

聖霊の力による働き

 
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2022年4月から「上水めぐみキリスト教会」の牧師。 サイクリングやジョギングが趣味。

使徒の働き8章9~25節聖書本文は以下をクリック:

皆さんは、事情があって自分が今まで知らなかった所に引っ越して住んだことがあるでしょうか?新しい土地ではその地の人々のやり方、習慣などが分からず、ある時は方言が違って話していることも理解しにくいことがあるでしょう。私がシガポールにいた時、インド人の床屋さんに行きました。髪の毛をもう少し短くしてほしいと言うと、首を横に振るので、私の英語が分からないのかと思って、何回も言い直しました。何回言っても彼はニコニコしながら首を横に振るのです。インド人は分かった、と言う時は首を横に振る、ということを私は知らなかったのでこんなことになりました。

サマリアでの伝道

ユダヤ人のクリスチャンたちはユダヤ教徒たちに殺されそうになって、命からがらサマリアに逃げてきました。そして行く先々で「みことばの福音を伝え」たのです。するとどうでしょう。サマリア人の多くの人が主イエス・キリストを信じると言ったのです。そして彼らにピリポを初め弟子たちのリーダーたちはバプテスマを授けたのです。

「サマリア人たちが神のことばを受け入れた」と言うニュースは画期的でしたから、エルサレムまで伝わりました。

「本当かな?サマリア人が福音を信じたって言うけど。」と使徒たちは半信半疑であったのでしょう、早速使徒の代表ペテロとヨハネをサマリアに派遣しました。(14)

サマリアは先回お話ししましたように、ユダヤ教から派生した彼らの独自の宗教を持っていました。聖書の神様を信じていませんでした。日本でもそうですが、様々な宗教があったようです。その多くは9節に書かれているシモンのような宗教的な魔術を行う人によって始められた宗教であったようです。日本の新興宗教の教祖みたいな人です。ところがサマリアの多くの人々がユダヤから逃げてきたクリスチャンたちの証しを聞いて、特にピリポの話を聞いて、ピリポを信用し、ピリポの宣べ伝えている神の国とイエス・キリストを信じてバプテスマを受けたのです。

聖霊による福音宣教の働き

日本が太平洋戦争に負けた後、多くの日本人が教会に行ったそうです。また、1950年ごろからアメリカ人の宣教師たちが大勢日本にやってきました。駅前等で福音を伝えました。また、大きなテントを張って空き地で伝道集会を行いました。進駐軍のアメリカ人たちが集まっている基地の近くで英語を教え、福音を伝える集会が開かれました。その結果、多くの日本人が信じて、バプテスマを受けました。ところが宣教師たちが教える福音の内容が充分に理解できていない人が多かったようです。

信じると言ってバプテスマを受けましたが、聖書をきちんと読み、学び、聖書の教えに従って生きることにまで到達しませんでした。

似たようなことがサマリアでも起こったようです。聖霊の力によって、神様は福音をエルサレムからユダヤ、サマリアの全土に拡げられました。新しい領域に進展する時に神様は、使徒の働き2章で弟子たちが経験したように、聖霊を特別に注がれ、新しい地のクリスチャンたちもエルサレムの使徒たちと弟子たちと同じクリスチャンになったことを示されました。

エルサレムの使徒たちの代表としてペテロとヨハネはサマリアにやって来て、サマリアで信じた人々に彼らが何を信じたのかを尋ねました。すると、16節にありますように、「彼らは主イエスの名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊はまだ、彼らのうちのだれにも下っていなかった」のです。そこでペテロとヨハネは彼らの上に手を置いて祈りました。すると聖霊が彼らに注がれたのです。聖霊による福音宣教の働きが新しい地、サマリアに拡がって行ったのです。

サタンの攻撃

ところが、今までも使徒の働きで示されていましたように、サタンは福音宣教を邪魔しようといろいろな手段を使って働き、邪魔をしてきます。

シモンはクリスチャンたちの素晴らしい働きと神様の御業をみて自分も信じると言い、バプテスマを受けてクリスチャンたちの仲間に入りました。しかし、どうも聖霊によって新しく生まれていなかったようです。人々が自分から離れて、ピリポをはじめ、クリスチャンたちを注目するようになり、使徒たちがやって来て、彼らが手を置くと、バプテスマを受けた人々が聖霊を受ける姿を見て、自分も同じように神様の御業を行いたいと思うようになりました。このように思うことはよいことです。

しかし、神様を信じ、従って、神様によってきよめられ、神様のしもべとして生き、仕えなければなりません。ところがシモンは外側だけ弟子たちのような行いをして、人々を驚かせ、人々から注目されたいし、何よりも以前のようにその人びとを驚かすような行いによってお金を稼ぎたかったのです。ですから19節に「私が手を置く者がだれでも聖霊を受けられるように、その権威を私にも下さい。」とペテロに願ったのです。

ペテロは

「お前は金で神様の賜物を手に入れようとしているが、とんでもないことだ。お前の心は神様の前に正しくない。このままでは神様によって滅ぼされる。悔い改めて、主に祈りなさい。」(20~22)

と彼を叱りつけました。しかし、彼は悔い改めませんでした。

サタンはクリスチャンたちを主に三つの方法で攻撃し、誘惑してきます。一つはお金です。もう一つは名誉、有名になることです。第三は、性的な誘惑です。

多くのクリスチャンたちや牧師、伝道者たちが、お金が欲しいために献金を強要したり、教会のお金を不正に使用したり、お金が儲かるような話をして信仰を曲げたり、世と妥協して偶像礼拝をしたりして、信仰を捨てたりしました。イスカリオテのユダもお金に誘惑されました。教会のお金を正しく管理し、正しく神様の御心に従って使うことが大切です。

お金だけではありません。現在、多くの教会が直面している誘惑は物質主義、それから派生した商業主義です。「物」や「金儲け」を中心にして考える考え方です。直ぐに物を中心にして考えたり、こうしたら教会がもっと儲かる、と考えたりするクリスチャンが増えてきていますから気を付けなければなりません。私たちはいつも神様が喜ばれることが何であるか、ということを考え、祈り求めて行くのです。イエス様は言われました。

「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の益があるでしょうか。」(ルカ9:25)

神様の喜ばれる霊的なこと

パウロはエペソ書で、

「何が主に喜ばれることなのかを吟味しなさい。実を結ばない暗闇のわざに加わらず、むしろ、それを明るみに出しなさい。」(エペソ5:10,11)

と言っています。

私たちはもっともっと「神様の喜ばれること」「霊的なこと、霊的なもの」を求め、霊的なことについて考え、それを実行して行きましょう。

霊的なことの第一は、自分がどれだけ神様を愛し、神様を知ろうとしているか、ということです。第二は、人々の救いです。パウロは、

「弱い人たちには、弱いものになりました。弱い人たちを獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。何とかして、何人でも救うためです。」(1コリント9:22)

と言っています。私たちの家族や友人が福音を信じて救われるようにもっと祈りましょう。その為に彼らのようになるにはどうしたらよいか祈って神様からの導きを得ましょう。

多くの日本人クリスチャンが日本には人口の1%しかクリスチャンがいない、と言いますが、私の知っている限りそのような統計はありません、そんなに大勢(?)のクリスチャンはいません。クリスチャン情報ブックやチャーチ・インフォーメイション・センターの出した統計によると、0.25%、30万人ぐらいしかクリスチャンはいません。

私たち、先に救いの恵みに与かった者たちは、まだ福音を聞いたことのない日本人たちのために祈り、証しして行きましょう。

悔い改め

シモンのことから、聖書が私たちに警告していることは、私たちが罪を犯したら悔い改めることの大切さです。

ペテロは「この悪事を悔い改めて、主に祈れ。」と言っているのに、シモンは「あなたが言ったことが何一つ私の身に起こらないように、私のために主に祈ってください。」(24)としか言いません。自分で神様の前に出て悔い改めなかったのです。

罪を悔やんでいるだけではダメです。私たちは自分の力で自分の犯した罪をきよめ、拭い去ることはできません。罪を赦すことのできる方は、神様です。十字架上で私たちの罪の贖いを成し遂げてくださった主イエス・キリストです。私たちは主の前に罪を認め、その罪を告白し、その罪を悔い改めて、主に信頼し、生きるのです。悔い改めとは方向転換です。今までの罪の道から180度方向を転換して主イエス・キリストに向かって進むことです。ペンテコステの日に人々はペテロに言いました。「私たちはどうしたらよいでしょうか」そこでペテロは彼らに言った。

『それぞれ罪を赦して頂くために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば賜物として聖霊を受けます。」(使徒2:37,38)

福音を宣べ伝える

最後に25節のことばに注目しましょう。

使徒たちは何をしたのでしょうか?サマリアの人々が主イエスを信じて救われ、バプテスマを受け、聖霊の注ぎを受けて、福音が預言どおり、新しい地域に進展して行ったのを見届けたら、安心してそこに留まり生活していったのでしょうか?そうではありません。彼らも福音を証しし、主のことばをサマリアの多くの村で福音を宣べ伝えたのです。

教会は福音を多くの人々に伝えるヴィジョンを失ってはなりません。たとえ人々が伝道なんて時代遅れだ、今は楽しいイベントだ、ゲームだと言っても、聖書はそうは言っていません。聖霊はそのように私たちを導きません。私たちに与えられた永遠のいのち、主イエスによる救いの喜びを私たちの周りの人々に宣べ伝えて行きましょう。

パウロは言います。

 

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」(第2テモテ4:2)

お祈りしましょう。

聖書 (冒頭に戻る

 使徒の働き8章9~25節  

ところで、以前からその町にはシモンという名の人がいた。彼は魔術を行ってサマリアの人々を驚かせ、自分は偉大な者だと話していた。
小さい者から大きい者まで、すべての人々が彼に関心を抱き、「この人こそ、『大能』と呼ばれる、神の力だ」と言っていた。
人々が彼に関心を抱いていたのは、長い間その魔術に驚かされていたからであった。
しかし人々は、ピリポが神の国とイエス・キリストの名について宣べ伝えたことを信じて、男も女もバプテスマを受けた。
シモン自身も信じてバプテスマを受けると、いつもピリポにつき従って、しるしと大いなる奇跡が行われるのを見ては驚いていた。
 エルサレムにいる使徒たちは、サマリアの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところに遣わした。
二人は下って行って、彼らが聖霊を受けるように祈った。
彼らは主イエスの名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊はまだ、彼らのうちのだれにも下っていなかったからであった。
そこで二人が彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。
シモンは、使徒たちが手を置くことで御霊が与えられるのを見て、使徒たちのところに金を持って来て、
「私が手を置く者がだれでも聖霊を受けられるように、その権威を私にも下さい」と言った。
しかし、ペテロは彼に言った。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ。
おまえは、このことに何の関係もないし、あずかることもできない。おまえの心が神の前に正しくないからだ。
だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ。もしかしたら、心に抱いた思いが赦されるかもしれない。
おまえが苦い悪意と、不義の束縛の中にいることが、私には見えるのだ。」
シモンは答えた。「あなたがたが言ったことが何一つ私の身に起こらないように、私のために主に祈ってください。」
こうして、使徒たちは証しをし、主のことばを語った後、エルサレムに戻って行った。彼らはサマリア人の多くの村で福音を宣べ伝えた。

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

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